龍泉青瓷焼制技芸

青瓷は、日本人に馴染み深い中国陶磁の一つ。上質の青瓷は龍泉青瓷のように色が薄グリーンでみずみずしく、玉のように滑らかである。青瓷の焼制は技術だけでなく、芸術でもある。

 龍泉市浙江省の西南部のに位置し、麗水市に所属する。嘉興市と福建省の隣にあり、歴史文化が深く、青瓷(磁)の故郷である。

 青瓷は、日本人に馴染み深い中国陶磁の一つ、昔から日本の茶人達に深く愛されてきた。龍泉青瓷の伝統的焼成技術は2009年、ユネスコの人類無形文化遺産リストに登録され、このリストでは唯一な陶磁器になった。

早くも三国時代(紀元220年~280年)にすでに龍泉青瓷が現れた。宋の時代(紀元1127年~1279年)と元の時代(紀元1271年~1368年)は、龍泉青瓷が盛んになった。公式的に皇帝のために働く窯は哥窯、弟窯、官窯、汝窯、定窯と鈞窯がある。明の時代(紀元1368年~1644年)龍泉青瓷は、だんだん人気がなくなり、18世紀になったら、生産が中止された。新政府のおかげで、龍泉青瓷の技術が取り戻した。2009年、龍泉青瓷の伝統的焼成技術はユネスコの人類無形文化遺産リストに登録された。龍泉青瓷はこのリストでの唯一な陶磁器になった。

龍泉青瓷


 龍泉市にいる人々はや瓯で働きながら、技術が洗練されたのである。南北時代になったら、彼らは、自分の故郷で学んだ技術の良い面を取り、自ら新しいプロジェクトを始めた。宋の時代は、龍泉青瓷の焼制技芸は頂点になり、浅いグリーンでちょっとピンクや梅色の瓷は玉のように滑らかである。

 龍泉青瓷の焼制は、材料の配置、成型、白地を整え、装飾、施釉及び素焼き、箱入れ、窯にいれ、焼成という八つのステップがある。そのち施釉び素焼きと焼き上がりは一番特色のあるステップである。白地が乾燥したら、釉薬を施し、蕩釉、浸釉、塗釉と噴釉などのステップがある。厚釉類の製品は、普通何層も施釉する。一層の釉を施したら、素焼きし、また施釉し素焼きする。そのように四、五回繰り返し、最も多いのは、10層以上も施釉する。それから、焼成のステップに入る。素焼きの温度が比較的に低く、一般は800度ぐらいで、1200度に上がったら、要求に従って、徐々に温度を上げ、窯内の雰囲気をコントロールし、そして焼き上がりである。南宋時代と元の時代前期の龍泉窯の薄胎原釉瓷器は、一層の釉を施したら素焼きし、そのように繰り返し、一番厚い時は、10層以上も達する。

龍泉青瓷

 青瓷の焼制は技術だけでなく、芸術でもある。上質の青瓷は龍泉青瓷のように色が薄グリーンでみずみずしく、玉のように滑らかである。それは古代中国人の知恵と想像力を表しているのであろう。